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| ここ数年、和服ブームが到来しているように感じます。日本人のDNAのどこかに、「キモノを着る」という意識が組み込まれているのでしょうか。 かくいう私も、実はキモノにはまっています。 夏以外の季節には、なるべく週末をキモノで過ごすようにしていたのですが、久しぶりに6月に単衣のキモノ(裏地のついていないキモノ)を着てみて、その涼しさに感動しました。肌着や長襦袢が薄物になり、さらさらの上布や生紬のキモノを着てみると、体が涼しく感じられて洋服にはない快適さを感じています。すっかりこの涼しさに魅了され、夏のキモノにはまっています。7月からは絽のキモノに挑戦して、涼しげな薄物のお洒落を楽しんでいます。ということで、今月から日本の民族衣装であるキモノについて、お話ししていきます。第1回目はキモノに関係してよく出てくる言葉「呉服」の語源について、先日知人から非常に興味深い話を聞いたので、さっそく皆さんにお伝えします。 呉服の「呉」は、古代中国の「呉(くれ)」の国を意味しているそうです。字だけを見ると、「呉(くれ)の服」と解釈しがちですが、単にそれだけではないようです。呉の国から伝来した織り方によって作られた織物のことを「呉服(くれはとり)」といい、「くれはとり」の「くれ」は先に述べたように「呉」の国のことで、「はとり」は「はたおり」が変化した言葉だそうです。この「呉服(くれはとり)」を音読したのが「ごふく」なのだそうです。 「呉服」とは、「服」そのものでは無く、織物のことを指すそうです。ですから呉服屋さんは織物(反物)屋さんなんですって。そういわれると、昔は今みたいに仕立上がりのキモノはなかったのですから、呉服問屋=織物(反物)屋さんという考えは、つじつまが合いますね。キモノの素材には、絹をはじめ、麻や木綿などがありますが、特に絹織物を扱う店は「呉服屋」と呼ばれ、織糸が絹よりも太い麻や木綿ものを扱う店は「太物屋=ふとものや」と呼ばれたそうです。 呉の服が日本に伝来したのは大和朝廷が誕生した紀元5世紀頃とのことです。呉の服ってどんなスタイルだったのか調べようとしましたが、資料がなくわかりません。恐らく聖徳太子の絵で見るようなツーピースだったのでしょう。 今月は「呉服」の語源についてお話しましたが、来月は、奈良時代から現代までの着物の歴史をお伝えします。お楽しみに! |
No.37 ● 2006年8月 ファッション事情・日本の民族衣装(1)「呉服」の語源 |
